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宇都宮地方裁判所 昭和52年(む)224号 決定

主文

本件準抗告の申立を棄却する。

理由

第一  本件申立の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

第二  当裁判所の判断

一  一件記録によれば、昭和五二年七月四日、大貫弁護人において、宇都宮拘置支所副看守長田辺政治に対し、勾留中の被疑者への果物及び菓子の差入を申入れたところ、右副看守長はこれを監獄法第五三条第一項、同法施行規則第一四二条、第一四五条、第九八条に基づき、昭和五〇年一二月一〇日黒羽刑務所達示第四八号未決収容者生活心得別表(4)食料品等の購入及び差入れ許可数量の規定内にある「主食、副食、菓子、果物等は指定差入業者を通じたものに限る」との定めに従い、拒否したものであること、特段の事情を考慮しての拒否でなく、該拘置支所においては指定差入業者が取扱う糧食以外は、一般的に差入が禁止されているものであることが認められる。

二  (不服申立方法)

本件処分の違法性を争う直接的救済方法としては、行政事件訴訟法に基づく訴を提起し、さらに執行停止を求める途が考えられる。しかしながら、ここで争われているのは、刑事手続から派生し、刑事訴訟法の適用が問題となる場面であるうえ、果して、執行停止になじむものであるかどうか、内閣総理大臣の異議を出しうるような実態を有するものであるかどうか疑問があり、救済方法として迂遠である。

間接的救済方法として当該勾留中になされた自白の任意性に疑義があるとして争う途(参照最判昭和三二・五・三一刑集一一巻五号一五七九ページ)及び損害賠償請求があるが、これだけでは救済に十分でなく、また刑事訴訟法第八七条もしくは第九五条によるのは、本件の程度では相当でないこと明白である。そして、同法第四三〇条の掲記する処分例にも形式的に該当しないとして、準抗告の申立を許さないとするならば、本件に関し、実質的に適正な裁判を受ける権利を奪う結果となる。

以上の点、及び、後記のとおり本件処分は、弁護人の接見交通に関し、まさに刑事手続から派生するものとしてなされたものであること、準抗告の方が行政訴訟の方法によるよりも、迅速かつ確定的に審査を行うことができること、準抗告の準用を認めると同法第四三〇条第三項により行政訴訟が許されなくなっても国民には格別の不利益はないと認められることに照らすと、本件処分のような場合は、準抗告の途を認めるべきものと思料され、同条第一項前段、第二項の準用により、準抗告の申立を適法になすことができるものと解される。

三  そこで、本件処分が、適法なものか否かにつき審究する。

勾留の目的は、逃亡及び罪証隠滅を防止するために、被疑者もしくは被告人の身体を保全しておくことにあり、未決拘禁者は、右目的を維持する限度で自由を拘束されるという苦痛を受忍するほかは、可及的に一般社会におけると同様の生活をしうる地位に置かれなければならない。

何人も刑事犯罪の訴追を受けたものは、自己の弁護に必要なすべての保障を与えられた公開の裁判において、法によって有罪が立証されるまでは無罪の推定を受ける権利を有する(世界人権宣言第一一条)ことは刑事訴訟における原則であるから、拘禁につき末決拘禁者を既決囚と同視して処遇すべきでないことはいうまでもない。

また、憲法第三四条は未決者につき、その自由を拘束することができる前提要件として弁護人依頼権を保障することとしているが、右権利は、弁護人と被疑者もしくは被告人との接見交通が自由にできることによって初めて意味をもつものであり、刑事訴訟法第三九条はこれを具体的に規定している。

これは、当事者主義的訴訟構造への移行という旧法に対する大改革に伴うものであり、未決拘禁者をして、弁護人を通じて外界と接しさせ、可及的に拘禁による物理的、精神的抑圧状態から脱して、防禦権を正当に行使させるために保障されているものである。

ところで、人間にとって、食生活は重要な部分であり、欲するときに欲する種類の食物を食べたいという要求は、前述のごとく、勾留の目的に反しない限り可及的に通常の生活と近似した生活をなしうるという未決者の地位に鑑みて尊重されるべく、とりわけ、家族や知人による手作りの食物や、これまで常用していた食物の差入れは、未決者をして外界の日常生活と精神的意味において、接触させるものであって、糧食の差入れの保障は軽視されてはならず(国連経済社会理事会において承認された被拘禁者処遇最低基準規則第八四条参照)右の観点から、刑事訴訟法第八一条は、逃亡または罪証隠滅のおそれがある場合には弁護人または弁護人になろうとする者以外の者につき、接見授受の禁止ができるとしながらも、同条但書において糧食の授受の禁止をすることは、できないと規定している。

監獄法は旧刑事訴訟法の改正により接見交通権が大幅に認められたことに伴い、未決拘禁者については、右接見交通権の保障を考慮した刑事訴訟法の法意との関連において、解釈されるべきであって、監獄法第五三条、同法施行規則第九八条の規定をもって当然に、弁護人を通じて、糧食を差入れることを禁ずる運用が正当化されるものではない。

しかしながら、他方、糧食の差入の際には、これに、毒物、凶器、その他罪証隠滅を目的とするものを混入させるおそれがあり、これを防止することも重要な要請であって、とりわけ、他の物の差入れよりもチェックが困難であると考えられる。

なるほど、刑事訴訟法第八一条但書の趣旨及び前述のごとき弁護人の地位に鑑みれば、弁護人を通じての糧食の差入れについては、これを信頼すべきものというべきであろう。

しかし、弁護人といえども善意で毒物等混入したものや腐敗しているもの等を受け渡すおそれなしとせず、この場合の責任の所在が判然としないから、現状においては、家族や知人による手作りの食物や調達困難な常用食物等は格別、これら以外の指定差入業者による取扱品目内の食物については、指定差入業者を通じたものに限るとする代替的取扱いもこれによる不利益の僅少度及び右の危険に照らして、特段の事情のない限り、やむを得ないものと解さざるを得ない(当該拘禁者へ行き渡る経路において、毒物や病源菌等が混入されてもその危険は各拘禁者に分散される)。

そこで、本件についてみるに、本件差入れは右取扱品目内のものとうかがわれ、また一件記録によると、差入業者に対する手数料は二〇円以内という比較的少額のものであることが認められるから、前記のおそれありとする特段の事情もうかがわれない本件具体的事案においては妥当でないにしても右差入を拒否した本件処分をもって、刑事訴訟法第八一条但書に違反する違法のものとまで言うことはできない。

四  結論

してみれば、本件準抗告の申立は、結局理由がないものといわざるを得ないから、これを棄却し、刑事訴訟法第四三二条、第四二六条第一項を準用して主文のとおり決定する。

(裁判官 金馬健二)

〈以下省略〉

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